空もそろそろ朱色から闇色にとって変わろうそしている時刻、
公園の前を少年2人が無言で、しかも『直列』に並んで歩いている。
心なしか、その空気はすこぶる────・・・重い。

『ヤバイ、逃げよう。』

もし周りに誰か一人でもいたとしたら、誰もが本能的にそう思い、
逃げ出したであろう雰囲気、彼らはそんな雰囲気を辺りに撒き散らしながら、
ただただ、黙々と歩いていた。
幸い周りには人がいなかった為、そういった悲劇は起こらなかったが…。

ふと、前を歩いていた少年が急にピタリと足を止めた。
「・・・・桃城、テメェいい加減にしろ!!さっきから人の後つけ回しやがって!
何だってお前がこんな時間まで学校にいやがったんだ!」
後ろを振り返ると、堪りかねたように、常でも鋭いであろうその視線を、更にきつくして言った。
「つけ回す?んな訳ねぇだろ!?
しょうがねぇだろうが、帰る方向が同じなんだからよ。
俺だって海堂、テメェなんかと一緒に帰りたかねぇんだよ!
大体、誰が好きこのんで居残りなんかするかって〜の!」
後ろを歩いていた桃城と呼ばれた少年が、前を歩く海堂と呼んだ少年のあんまりな言い様に
カチンときた様子で言葉を返した。
辺りに広がっていた重苦しかった雰囲気も、一気にビリビリとしたものへ変わる。
先程の状態は、正に一触即発、嵐の前の静けさ状態だったらしい。

「チッ・・・宿題忘れて居残りか、
今時小学生でもやらねぇぞ、んなこと。」
海堂は前を見据えながら、追い打ちとばかりに、更に冷たい言葉を桃城にぶつけた。
「でっけーお世話だっつ〜の!!
俺は英語が嫌いなんだよ!!大体何だって日本人が英語なんかやらなきゃなんねぇんだ。」
反論してみせるが、もはや最後の方は愚痴り状態となっている。
「んなの、国際社会になってきたからに決まってるだろうが、ド阿呆。
あんなもんは丸覚えすりゃ簡単だろうが。」
桃城の反論も虚しくスッパリと切って捨てるように、海堂が言った。
「うるせぇ!!このマムシ!!!
ちょっと英語が得意だからって調子にのってんじゃねえつーの!!
テメェだってこの間、数学の試験で赤点とってたじゃねえか!」
分の悪さを感じた桃城は、話を別の方へと持っていく。
「マムシっていうんじゃねぇ!このバカ城!!
数学だと?それこそ将来的にクソの役にもたたねえじゃねぇか!!!
てか、そんな事はどうでもいい!!
大体、貴様の大事な大事な足はどうしたんだ?!
そいつに乗ってちゃっちゃと帰りゃいいだろうが!何、ちんたら歩ってんだ!!」
「うっせ〜な、チャリは今ブッ壊れちまって、修理中なんだよ!!!」
一気に捲し立てるように言い合いを始める2人。
普段無口である筈の海堂も、この犬猿の仲と称される桃城が相手だと非常によく喋る。
そして、最悪な事に、常ならばいる筈である仲裁役の人間が誰一人いない為、この不毛な言い合いは止まる処を知らなかった。
ただ幸いだったのは、止める人間がいないのと同時に、周りに誰もいなかったので、名門私立校である『青春学園』の恥を晒さずにすんだという事だろうか…。そこは何とも微妙だ。
「ハッ!どうせ貴様のことだから、越前の野郎とふざけてて川にでも墜落したんだろう。
これだから単細胞はイヤになるぜ。」
心底呆れたという表情をし、大きな溜め息を吐きながら首を横に振ってみせる海堂。
「あんだと?!いい加減にしろよ!てめえ!!
いくら心の広〜い、俺でも大概切れるぞコラ?!!」
そう言うと桃城は海堂の胸倉を掴む。否定しないところをみると、どうやら海堂が言った事は、当たらずとも、遠からず状態らしい…。一体何をやったのか知りたいところである。
「うるせえ!やんのかコラ?!!」
と、その桃城が売った喧嘩をシッカリ買う海堂。
同じく桃城の胸倉を掴み返した。

・・・・と、ふと、海堂の視線が、桃城の斜め後ろへいったまま固まったかの様に動かなくなる。
「・・・・・・?」
その突然起こった海堂の変化に、不思議に思った桃城は、海堂の視線を追って自分の背後を振り返った。

「ニャ〜。」
・・・そこには、愛らしい瞳を2人に向けた白い仔猫が立っていた。

「仔猫・・・。」
桃城もすっかり毒気を抜かれ、その仔猫を見つめ返したかと思うと海堂の胸倉を掴んでいた手を放す。そして、「お前も放せ」とばかりに海堂の手も外すと、しゃがみ込み、その愛くるしい瞳を向けてくる仔猫へと手を伸ばした。

「おっ!お前なかなか人なつっこいなぁ!!」
伸ばした桃城の手に、人なつっこくすり寄せる仔猫の様子に気を良くした桃城が、嬉しそうに言った。
そんな桃城を後目に、海堂は海堂で何やら荷物をゴソゴソとやっている。
「何やってんだよ、海堂。
さっきからゴソゴソと・・・。お前確か猫好きだったろ?
こいつ人懐っこいぜ?触んねぇの?」
そう海堂を振り返って桃城が言った。
・・・と、そこには自分の弁当の包みを解き、残っていたエビフライの尻尾を猫の方へと差し出そうとする海堂の姿があった。
「あ・・・。」
小さく驚きの声を上げる桃城を後目に、海堂はエビフライの尻尾を仔猫へ与える。
「残り物で悪いな・・。」
ボソリと小さく呟かれる海堂の声。
仔猫の方は、嬉しそうにそのご馳走に囓りついた。
そんなやりとりに一人取り残された桃城は、海堂の顔をそっと覗き見る。
そこに見た海堂の顔は、いつもの仏頂面ではない、
何処か険のとれた表情を浮かべていた。

ドキン・・

桃城は、自分の胸が高鳴るのを感じた。

───な、何だ?今の動悸は。
何だってマムシの顔なんか見て、胸高鳴ってんだよ、俺?!

一人、自問自答する桃城。
どうも今の自分の反応に、納得出来ないでいるようだった。

───帰ったら『救心』でも飲むか…。俺、まだ若いのになぁ…。

などと、激しく的はずれなことを思う桃城。
それ程までに先程の自分の反応が受け入れられなかったらしい。何とも涙ぐましいことである。


そんな桃城の葛藤など知る由もない海堂は、仔猫へ手を伸ばすとそっと頭を撫でてやっていた。
エビフライの尻尾を食べ終わった仔猫は、満足そうに喉を慣らしながら海堂の手に頭をすり寄せる。
そして、一旦頭を上げ、海堂の顔を見つめると『ありがとう。』というように、もしくは、次をせがむかの様に「にゃ〜。」と一声鳴いて、また頭を海堂の手へ擦り寄せた。
そんな仔猫の様子を見つめていた海堂の表情に、ふっ・・・と小さく笑みが浮かんだ。


「へぇ〜、そんな表情もすんだなぁ〜。」
「!」

突然横から声が掛かる。
先程の葛藤から立ち直ったらしい桃城が、ふと視線を向けると、初めて見る微笑みを浮かべた海堂の顔。思わず…と言った感じで、そんな言葉が桃城の口をついて出ていた。
海堂の方は、桃城という存在をすっかり忘れていた事に気付き、思いっきり後悔する。

───クソッ!よりにもよって、こいつの前で───!!

「チッ」と舌打ちするがもはや後の祭り、きっとまた面白いものでも見たかのように冷やかすに決まっている。
一体どんな事を言われるのかと覚悟を決めつつ、
海堂は桃城の次に来る言葉を待った。
しかし、桃城の口から出た言葉は想像とは全く違っていた。

「なんだ、そんな良い表情出来るんだったら
ずっとしてりゃぁ良いのによ。
もったいねぇな、ああ、もったいねぇよ!!」
いつもの何処か茶化すような言い方ではなく、マジマジと・・と、言った感じで言ってくる。
例の彼独特の言い回しで。

「・・・っっ!」

あまりにも思いがけない桃城の言葉に、言葉を失う海堂。
自分の顔に熱が集まっていくのを感じる。

「うるせぇ!大きなお世話なんだよ!!」
そう怒鳴ると『バッ』と慌てたように桃城に背を向け、荷物を持つと歩き去る。
だが、桃城は見逃さなかった。
そんな海堂が背を向けた瞬間、彼の顔が真っ赤に染まっていたのを…

「か〜いど〜★
な〜に照れてんだよ?お前!!耳まで赤くなってんぞ★」
そんな海堂の様子に気をよくした桃城が、いつもの調子で海堂にすかさず絡む。
海堂の方はそんな桃城を無視し、歩調を上げズンズンと歩いて行く。
桃城も負けず歩調を早め、海堂の隣に並んで歩く

「クッソ!バカ城!!
ついてくんじゃねぇつってんだろうが!!」
海堂が視線を真っ直ぐに向けたまま、桃城に怒鳴りつけると、歩調を更に速めた。
「だ・か・ら!誰がてめえの後なんかつけ回すかってんだよ!!
た・ま・た・ま!!!
帰る方向が一緒なんだからしょうがねぇだろうが!!
てめぇこそ何度も言わせんじゃねえよ!このクソマムシ!!」
こちらも負けじと、真っ直ぐに視線を向けたまま怒鳴り返し、更に歩調を速める。
「マムシって言うんじゃねぇ!
大体チャリ壊してんじゃねえよ!!チャリがありゃこんな事にはなんなかっただろうが!」
またもや自転車の話を持ち出してくる海堂。
「うっせ〜よ!『か・お・る・ちゃん』!!
壊れちまったんだからしょうがねぇだろう!いちいち過去のことをねちっこく言ってんじゃねえよ!
だからテメェ『マムシ』って言われるんだ!」
とうとう最後の秘密兵器とばかりに持ち出してきた言葉。
海堂にとって、特に桃城だけには
“絶対”に、言われたく無い呼び方。
それを知っている桃城は、あえてその名を強調して言ってみせる。
「『かおるちゃん』言うンじゃねぇ〜〜〜っっ!!!」
桃城の思惑通り、海堂は怒号した。
もはや『マムシ』と呼ばれたことはどうでもよくなったらしい。

「へっ!
『かおるちゃん』『かおるちゃん』『かおるちゃん』!!!」
してやったり、とばかりに『ニヤリ』と笑うと、ここぞとばかりに連呼する桃城。
「ブッ殺す!!!」
海堂が低く唸るように言った。




ギャーギャーと、うるさいながらも、もの凄いスピードで歩き去って行く2人組。
後に残された仔猫が、呆れたような、それでいて興味を持ったような瞳で見送っていた。
そして、まるで「がんばれよ」と言うかの様に、もはや“歩いている”とは形容しがたいスピードで“歩き”去っていく2人の後ろ姿へと向かって「にゃ〜。」と一声鳴いたのだった…


「・・・で」
トン、と片足を踏みならす海堂。
もの凄いスピードでここまで“走って”来たため、さすがに乱れてしまった呼吸を整える。

「つけ回している訳じゃない筈のテメェが、どうして『ここ』にいるんだ?」
何か言い訳があるなら言って見ろ!と言わんばかりに、海堂が腕を組みながら言った。

はたして『ここ』とは、一体何処か…?

それは、ある家の門の前。
表札には『海堂』というシッカリとした文字が刻まれていたのだった…。

何て事はない、あの後、競い合うように“歩く”から“走る”、さらには“全力疾走”へと変化してしまった2人。
本来曲がらなくてはならない角を、“曲がり損ねた”桃城は、海堂家前まで海堂と共に爆走してしまったのだ。

「や、ついうっかり…。」

ふんぞり返って見下したように言う海堂に対し、情けない程何も言い返せない桃城の姿がそこにあったのだった───・・・。




終劇




『猫』という小説本の中身です。
ちゃんと、小説として成り立っているのかどうか、はなはだ疑問だったりしますが
とりあえず、長々とお付き合い有り難うございました!
でも、この話、実は後日談があったりします。が、あえて載せておりません。
そこは、本を買って頂いた方だけの『特権』という事で…。
何卒、お許し下さいませ。

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